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糀屋柴田春次商店(社長:柴田義孝)からのメッセージ
高山の人への感謝
糀屋柴田春次商店ネットショップにご訪問いただきまして誠にありがとうございます。
初代の柴田國次郎が飛騨高山の地に店を構えて91年。三代に渡り商いを続けさせていただけるのも、ひとえに皆様が糀屋柴田の味噌の味を受け入れていただいたお陰だと思っています。社員一同、感謝の気持ちでいっぱいです。
先代への感謝
今の糀屋柴田春次商店を語る上で、父である2代目春次に対する感謝を語らないわけにはいきません。
高山はひとむかし前まで、町のあちこちに畑があるほどの田舎でした。2代目春次はお百姓さん相手に糀をたくさん売っていたと聞いています。
味噌は買うものではなく、当時は各家庭でこしらえるのが当たり前の時代でした。
春次は大豆を炒るのが上手く、いい大豆糀をつくると評判になり、弊社の信用を得るようになりました。
また、昭和35~40年代前半、飛騨の山奥にも経済の波というのが押し寄せ、山林やダム開発建設の工事に従事する人たちが全国からたくさんやってきました。
工事現場の飯場用味噌として、いなか味噌をたくさんと買っていただき、弊社の売上は順調に伸びていきました。
観光ブームが到来するのはその先でしたから、弊社の発展に時代が味方をしてくれたのです。このチャンスを逃さなかった父春次に対する感謝は言葉では言い尽くせません。
安心安全に対する想い
春次の後を継ぎ、私は徹底的に衛生管理に力を注ぎました。
「安心安全があってこそ、おいしい味噌をお届けできる」との信念のもと、工場内の安心安全は必須です。
工場は製造工程で雑菌の混入を防ぐため、材料の大豆にいっさい人間の手が触れることない製造ラインを構築し、さまざまな検査の数値化によって雑菌減少の検査体制による工場を実現しました。
また、味噌は塩分が多いため錆びに弱い鉄製の機械から錆びが発生しないステンレス製機械の導入。金属検知機を使って商品一つ一つに検査を徹底し異物混入に細心の注意を払っています。 お客様へおいしい味噌をお届けするため、安心安全の想いはこれからも徹底して追求していきます。
「おいしい」と言っていただけることへの感謝
私たちが一番うれしいこと。それは「おいしい!」のひと言です。この言葉にはいろいろなお客様の想いが含まれていると私は思っています。
味、いい匂い、家族、場所、感動など…
その想いは、言い代えれば
「香り・味・やすらぎ」
これは糀屋柴田春次商店の製品製造理念でもあります。
お客さんからこんなエピソードを聞かせてもらったことがあります。
2階に寝ていた子供さんが朝、びっくりして降りてきたというんです。「香しい味噌の匂い」に惹かれたのが理由なのですが、「今までかいだことのない、いい匂いだった!」と子供は言ったそうです。
他にも味噌汁が苦手だった子供が私たちの味噌を食べたら味噌汁が大好物になったなんて話もあります。
これらの私たちの製造理念である「香り・味・やすらぎ」を感じるような話は、食育へとつながるだけにとてもうれしいと思っています。
糀屋柴田春次商店にしかつくれない味噌
私たちを代表する味噌といえば、1,300年前の飛騨の手法を今に伝える突き味噌(つきみそ)、現在の「いなか味噌」です。それに加えて20年前から構想を練っていた地産地消のブランド味噌である「つやほまれ」があります。
「つやほまれ」は岐阜県産の大豆と米にこだわった限定仕込み、「いなか味噌」は大豆・麦を使用し、香りがよく、コシの強い素朴な味が楽しめます。
「いなか味噌」は私たちの礎とも言える味噌で、創業期から現在にかけ1,300年前の飛騨の味噌の基本ルーツを再現した味噌です。 飛騨の食を表現する野趣豊かな、いなか味噌や大豆や米にこだわったブランド味噌の「つやほまれ」、さらには味噌を使った新しい商品の開発へと、素材に素直に向き合う姿勢は初代から変わることはありません。どれも糀屋柴田春次商店にしかつくれない味噌です。
明日の糀屋柴田春次商店をつくる
時代の変化に応じて、お客様に支えられ三代で築き上げてきた糀屋柴田春次商店。
これからもっともっと時代が変わっていくでしょう。
しかし私は糀・味噌のように、季節と素材そしてやすらぎを感じる食文化は、いつの時代でも日本人の心の奥底に生き続けると考えます。
これからも糀屋柴田春次商店は、「香り・味・やすらぎ」を追い求め、「安心安全の糀・味噌」をつくり続けてきたことを誇りとし、いつの時代でも「おいしい!」と思っていただく商品をつくっていきたいと思います。
今後ともより一層のご愛顧を賜りますようお願いいたします。